2007年8月24日夜の11時過ぎ、その事件は起こった。
帰宅途中の磯谷利恵さん(当時31歳)が、愛知県名古屋市千種区の路上を歩いていたところ、白いワンボックスカーから出てきた男に道を尋ねられた。
そして、一瞬の油断をつき、利恵さんは車の中に押し込まれ、手錠をはめられてしまう。バッグから現金とキャッシュカードを奪った3人の男たちは、拉致現場から30キロメートルあまり離れた愛西市の駐車場まで移動。
彼女の頭にガムテープをぐるぐる巻きにし、頭にレジ袋をかぶせた上、40回にわたってハンマーで殴りつけて殺害。無残な遺体は、岐阜県内の山林に埋められた。
凄惨な内容もさることながら、犯人グループがインターネット上の「闇サイト」と呼ばれる場所で知り合い、犯行に及んだこともあり、発生当初から、多くの注目が集まった この事件。
あれから10年、作家の大崎善生がこの事件を追ったノンフィクション『いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件』(角川書店)が刊行された。本書の内容に従って、この事件を振り返ってみよう。
加害者たちが知り合ったのは、インターネット上の掲示板「闇の職業安定所」だった。
「刑務所から出てきたばかりで、派遣をやっています。実にばかばかしい。東海地方で一緒になんか組んでやりませんか」
この書き込みをしたのが、住所不定無職の川岸健治という男。そして、この言葉に呼応して、堀慶末は「どうですか、何か一発やりますか?」というメールを送信。
神田司は「以前はオレ詐欺をメインにしていたのですが貧乏すぎて強盗でもしたい位です」と、メールを送った。さらに、途中で離脱するもうひとりを加えた4人の男たちが、犯罪のために動きだしたのだった。
それぞれ、金に困っていた4人だが、どんな犯罪をするのかは誰ひとり考えていなかった。
8月21日、ファミリーレストランで落ち合った即席の犯罪集団は、「夜間金庫を狙うか、パチンコ屋がいいのではないか」などと話し合う。
しかし、いざ実行に移そうにも、強盗のターゲットを尾行中に見失い、ダーツバーを襲撃しようとしたら休み、さらに昔勤めていた会社事務所に忍び込み金庫を盗もうとしたところ 、金庫自体が 見当たらなかった。
行き当たりばったりで、何一つ成果も挙げられない。これで終われば、ただの間抜けな人間たちだった。
しかし、初対面から3日後の8月24日。事件は起こった。
業を煮やした彼らが計画したのが、女性の拉致だった。
「ブランド品とか持っていなくて、黒髪で、あんまり派手じゃない地味系のOLだったら、たくさん貯金しているだろうから」というもくろみで、名古屋市内をぐるぐると移動しながら ターゲットを物色。
磯谷利恵さんの外見は、まさに彼らが考えてたものと一致した。155センチと小柄な彼女の体格は、180センチの堀に押さえつけられるとひとたまりもなく、車の中に引きずり込まれた。
車内で手錠をはめられ、包丁を突きつけられ、恐怖のどん底に突き落とされた利恵さん。
しかし、彼女は、犯人たちに臆することもなく、気丈に振る舞った。母親に家を買うために貯めていた800万円以上の預金が入ったキャッシュカードを奪われても、決して正しい暗証番号を伝えることはない。
頭をハンマーで殴られ、血が飛び散りながらも、利恵さんは「ねえ、お願い、話を聞いて」「殺さないって約束したじゃない」「お願いします。殺さないで」と犯人を説得しようとした。
彼女は、母親に女手一つで育てられた。もしかしたら、その脳裏には、ひとり残される母親のためにも、死ぬわけにはいかないという強い思いがあったのかもしれない。
しかし、そんな希望は、無残にも振り下ろされるハンマーによって打ち砕かれた。
翌日、犯人グループのひとり、川岸の自首によって、事件は明らかになった。
被害者の母、富美子さんは、事件後、加害者の死刑を求める署名活動を行い、その数は33万人にまで膨れ上がった。
この署名は結果として判決に反映されることはなかったが 、神田・堀両被告に対して被害者がひとりの事件としては異例の死刑判決が言い渡される結果を勝ち取った(堀は、上告で無期懲役の判決となるも、余罪が判明し、死刑判決が下された)。
闇サイトで集った男たちによる、無計画な犯行の犠牲となった磯谷利恵さん。
あまりにも短絡的な犯行によるその死を追っていくと、怒りや悲しみといったありきたり体の言葉ではとうてい表現できないような強い感情に襲われる。
しかし、大崎が注目するのは、そんな卑劣な犯人たちを前に堂々と自分を保ち続けた利恵さんの勇気だった。
「凍りつくような恐怖の中で、 それでも利恵は最後まで自分を保ち続けた。どんなに痛かっただろう、どんなに苦しかっただろう、どんなに怖かっただろう。しかし孤絶する状況の中で、死の恐怖に向かい、 理恵はひとりで戦い抜いた。
凍りつくような絶体 絶命の状況で、取り乱すこともなく、また絶望することもなかった。敢然と立ち向かい、ひたすら耐え抜いた。その知性と勇気を“誇り”に思い、また“感謝”する」
死の淵に立っても、利恵さんは暴力に屈しなかった。そして、5歳年下の彼氏に“あるもの”を託した。
大崎は、その毅然とした態度を後世にまで書き残そうとしている。
[via:http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20170209/Cyzo_201702_40_20.html]
この3人には絶対に地獄に堕ちてほしい。死ぬこともできない世界で被害者以上の苦しみを永遠に味わってのたうち回ってほしいと本気で願います。