世の中には、なぜか“女に嫌われる女”というものが存在する。
女がその女の本性に気づいても、男は決して気づかない。それどころか男ウケは抜群に良かったりするのだ。
そんな、女に嫌われる女―。
あなたの周りにもいないだろうか?
明治大学卒業後、丸の内にある証券会社に勤務する高橋太郎(28)は、ただいま絶賛婚活中。
さまざまな女性と出会う中で、太郎は女友だちから「見る目がない」と散々ダメ出しを受ける。
これまでにSNSにすっぴんを投稿する女や敢えて安い店を好きだと言う女がいた。今宵、そんな太郎が出会った女とは・・・?
「じゃあとりあえず、乾杯〜!」
六本木交差点からほど近い所にある会員制の『itumo』に、皆の楽しそうな声が響き渡る。
今日は大学の先輩である弘明に呼ばれ、太郎は食事会に参加していた。
太郎自身はこの店に来るのは初めてだったが、相手の女性陣はこの界隈で遊び慣れているようだった。
「このお店、好きなんですよね〜来られて嬉しい♡弘明さん、今日はありがとうございます!」
女性側の幹事である沙里奈が弘明に可愛らしく礼を言う。沙里奈の隣に座る美希子と共に、二人とも華があってかなり目立つ。
時計を見ると、二人揃ってシャネルのJ12をしており、頭の先から爪先まで完璧だ。
1mmの隙もない化粧に、太郎でも分かるようなハイブランドの鞄。
髪も綺麗に巻かれており、道を歩いていれば男ならば思わず振り向いて見てしまうかもしれない。
「二人とも、すっごく華やかだね・・・」
そう太郎が感心している時だった。
美希子の隣に座る、港区に似つかわしくないような清楚な美女・ゆかりが目に入ったのだ。
隣の二人とは真逆路線をいくゆかり。黒髪ストレートで、女子アナのような雰囲気の彼女が、男の人気を持っていったのは言うまでもない。
しかし太郎はまた、女の“計算”を見抜けなかった。
「ゆかりちゃんと二人は何友達なの?」
沙里奈と美希子の雰囲気は、とてもよく似ていた。華やかで(言い換えれば派手で)、この界隈で遊んでいることが隠しきれぬ二人。
その一方で、“あまり港区には来ないんです”と言うゆかり。
アクセサリーはシンプルなピアスのみで、鞄も多分ノーブランドの物だろう。洋服も二人とは違い、ロングワンピースに太めヒールのショートブーツで、清楚で可愛いらしい雰囲気を醸し出している。
化粧も全く濃くなく、髪の毛はストレート。そして何より、ファンデーションなんて必要のなさそうな綺麗な肌が印象的だった。
派手な沙里奈と美希子に対し、清楚な女子アナ系のゆかり。彼女たちの共通項が、見当たらなかった。
「ゆかりは、元々私の男友達が仲良くしていた子で。最近出会いがなくて困ってるんです、って言うから呼んだの」
少し、意外だった。意外にもゆかりは出会いに積極的なようだ。
そんな太郎の疑問をよそに、皆の住んでいるエリアの話題になる。
男性陣は代々木や渋谷界隈が多かったが、沙里奈は青山一丁目、美希子は白金高輪在住。2人とも期待を裏切らず、港区在住だった。
「うわ〜すごい分かる。イメージそのまんまって感じ」
「ちょっと、それどういう意味?プラスの意味で捉えさせていただきますよ〜」
先輩である弘明の発言にも、笑顔で対応してくれる二人。何気に、この子達は派手だけど良い子なのかもしれない。
「ゆかりちゃんは?」
そんな中、皆の会話に入りにくそうにしているゆかりに気がつき、太郎は慌てて話を振る。
「皆様の後に言いにくいのですが…私は二子玉の方に住んでいるんです」
「二子玉!?どうしてまたそんな所に?」
「この界隈は家賃が高いし、私にはあっちの方が身分相応かなぁって…でも、電車だと意外に近いんですよ♫」
ゆかりの発言に、男性陣は一斉にほっこりとした笑顔になる。
この殺伐とした東京砂漠に、電車移動を主とする堅実な可愛い子が残っていたとは、世も捨てたものではない。
「そっか、じゃあ今日とか遠かったよね?」
「全然です!普段あまり飲み歩かずに家で地味〜なご飯を作っているくらいなので(笑)こんな素敵で豪華なお店に連れて来て頂いて感動です。六本木で会員制のお店なんて、緊張しちゃいます♡」
ゆかりの真面目な生活っぷりに、男性陣はますます前のめりになる。
「ゆかりちゃんって、絶対いい奥さんなりそうだよね!」
「ちなみに、ご飯って何を作るの?お酒は飲める?」
着席早々、シャンパンを嬉しそうに飲み干す二人とは対照的に、ゆかりはオレンジジュースを頼んでいた。
「本当に、私にはこんなキラキラした世界が眩しすぎますぅ〜」
そう言って、ゆかりは最後まで楽しそうにしていた。そしてあまりにも盛り上がり、うっかり彼女の終電を逃してしまった。
「ごめんね、楽しくてつい・・・ちゃんと帰れる?」
そう言って太郎はお手洗いに立ったついでに、こっそりと話しかける。
「そうですね、ただちょっとここからだと家まで遠くて」
ゆかりは潤んだ瞳で、じっと太郎を見つめる。ハッと気がつき、慌ててタクシー代を渡した。
彼女は一人だけ遠いし、せっかく来てもらったのに申し訳ない。
「え〜いいんですか?と言いつつ、助かります…ありがとうございます!太郎さんって、優しいんですね♡」
そうして、太郎とゆかりは連絡先を交換し、先にゆかりをタクシーに乗せて解散した。
素朴で、良い子だなぁ。
そう思っていた。しかしゆかりをタクシーに乗せた途端、二人からキッと睨まれる。
「ちょっと、男性陣!」
一番後輩の太郎が矢面に立たされ、思わず縮こまる。怖い。一体、何を言われるのだろうか。
しかし二人からは意外な言葉が飛んできたのだ。
「もう一軒、行くよ!」
ーあ…なんだ。何か言われるのかと思った。
そうして結局、沙里奈と美希子に連れられ、ゆかり以外の皆で飲みなおすことになったのだ。
結論から言うと、二人はとにかく明るくて性格がよく、かつ気も使える良い子達だった。
派手な見た目で警戒していたものの、よく観察していると弘明先輩をしっかり盛り上げつつ、後輩である太郎へも分け隔てなく接してくれている。
自ら話題を振ったかと思えばしっかり聞き役に徹していたり、久しぶりにこんな楽しい飲みだったと最後は皆大満足するほどだった。
「今日は本当にありがとう!最高に楽しかった!二人ともお家、近かったよね?タクシー代、5,000円で足りるかな?」
ほろ酔い気分で、男性陣3人は先に女性陣をタクシーに乗せる。
そして弘明先輩が女性二人、各々にタクシー代を渡そうとした、その時だった。
「私たちは近いから、タクシー代なんて結構ですよ〜。それより、また飲みましょう♡」
「あと、皆様タクシー代の渡し過ぎには要注意ですよ♡」
そんな言葉を残して去って行った二人に、残された男性陣は顔を見合わせる。
「あれ?太郎、お前もうあの二人にタクシー代渡してた?」
「いえ、渡そうとしたら二人とも“タクシー代なんていりませんよ〜”と言っていました。あ、でもゆかりちゃんには渡しました!」
沙里奈も美希子も見かけによらず、タクシー代は受け取らずに帰って行ったのだ。しかし、ここから不穏な空気が流れ始める。
「え?俺もゆかりちゃんに渡したよ?“遠いからタクシー代頂けませんか”って言われて・・・」
二人で顔を見合わせていると、更に追い討ちをかけるように、もう一人の淳平が口を割る。
「あれ?僕は逆に、“タクシー代を弘明先輩に聞いたら失礼ですかね?”ってゆかりちゃんから言われたから、僕が払うよって言って1万円渡しましたけど・・・」
沙里奈と美希子があのとき、男性陣を一瞬睨んでいたのは、このせいだったのか。
一見清楚で、タクシー代で暮らしているようには全く見えないゆかり。
THE・港区女子で、男性はタクシー代を払って当たり前と思ってそうだった沙里奈と美希子。
別にタクシー代を払うのは構わないのだが、男3人、何にも見抜けていなかったらしい。
結局合計3万円ほどをゆかりに払い、他の二人には一円も払っていない。
女は見かけによらず、とはこういうことを言うのか・・・
複雑な気持ちが入り混じりながら、太郎たちは金曜夜の六本木交差点で、煌々と輝く街頭テレビを見つめていた。
[via:https://tokyo-calendar.jp/article/13714]